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長い物には巻かれろも一つの人生

自分自身はベストを尽くしても、誰かがダメだったり、組織がダメだったり、自分の思い通りには事が進まないことはよくあります。こんな会社にはいない方がいいのですが、自分で作った会社であればそう簡単に逃げ出すわけにもいきませんし、従業員であっても簡単に転職できる世の中とも言えません。今の会社の待遇よりも悪くなる可能性だってあります。そうであれば、自ら正義感を起こして組織を変えよう、なんてことを考えるだけでも無駄です。あなた一人が動いたからと言って、組織は変わったことはありますか。社会は変わりましたか。何やっても変わらなかったですよね。そんな無駄なことはやめましょう。社会なんてほおっておいた方がいいのです。いいことやろうと思っても、大抵社会からはいいことだとすらも思われません。冷たい目で見られるのがおちです。

だいたい、変えようと思っても変わらない組織だったり、社会は、上も下も横も全てが自己保身に走っており、誰かの手柄を横取りし、自分の失敗は他人に押し付けるような悪循環が起きています。そういう人たち一人一人の心を自分一人で変えようと思うのが不可能と考えた方が健全です。むしろそう考えるのは健全とは言えませんが、時間と労力をかけるだけ無駄ということですかね。ただ、社会を離脱するわけにもいきませんし、では日本を捨てて海外へ行ったところでもっとひどい所ばかりですから、他の場所に行っても意味がありません。そうなりますと、被害が最小限に抑えられる行動をとる以外に道がなくなります。

本来は、組織や社会はよりよく変えていくべきだと思っています。しかし誰しも、ほとんどの人が楽をしていい思いをしたいと考える傾向にあり、誰から何も言われなければ動かないのがほとんどだとは思いますが、動いたとしても、なるべく労力のかからない方法を選ぶはずです。元来、楽な道しか選ぼうとしない人は、努力をしない、怠け者とみなされてあまり良い評価は受けられず、目標を高くおいて苦難を乗り越えながらそこに達した人を素晴らしい人と評価します。しかし自分の取り巻く環境が自分一人の努力ではどうやっても変えられない場合には、なるべく労力をかけず、火の粉は最小限のコストで払うくらいの気持ちも必要です。自分の価値感からとても許せないことであても、それはおかしいと言ったところで、自分の立場を悪くするばかりです。現実に、直言してタコ部屋に送られ、退職を余儀なくされた人は何人も知っています。組織なんてそんなところです。正義感なんて組織や社会においては邪魔にしかなりません(本当はそうであってはならないのですが・・・)。そのため、動かずおとなしくしているのも、一種の処世術というものです。それが自分の得になるのであれば、お世辞の一つでも言っておけばいいでしょう。誰の見方をしていれば得になるか、それが判断基準だっていいと思います。この厳しい社会を生き抜くための方法であれば。但し、気持ちのどこかでは本当はいけないことなんだけど、と自省の念を持っていればよいのではないでしょうか、つまり、これは最悪の選択なのだが、今はこの道を行くのと被害が最小限で済む、といった判断ですね。最悪な選択だがという気持ちを失っては、ロボットと同じです。最後の線は越さないようにしましょう。

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