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責任は自分が取るというのがリーダーの姿勢

21世紀に入り、不良債権処理問題を抜本的に解決するところから、日本はリスタートしようとしたと思われます。バブル経済崩壊後、どの銀行も不良債権はないと言っていたそうです。問題がなければ、いや、問題があると認識しなければ、動きません。

20世紀末に不動産バブルが起こったときに、銀行が投機に躍起になり、自分の融資先にも不動産を買え、お金を貸すから、と煽り立てました。その結果、不動産バブルが崩壊したときに、不動産を持つ会社が軒並み不良債権化しました。どうも不動産というものは、銀行やその周辺に群がるハイエナどもが、弱者を食い物にする道具のようです。

銀行とは投資した事業が成功することばかり考えて計画を進めていますから、いざ、経済が破綻して投資先が倒れたときにどのように対処したらいいかはわかりません。不良債権が自分たちの手に負えない額だという認識はあったのでしょう。その当時は不良債権の存在自体を否定しようとしていました。つまり、失敗を失敗として考えるのをやめていたのです。そのうちにその失敗が膨らみ、小泉さんや竹中さんの不良債権処理を、国として、銀行に強制していかなければならない事態に発展しました。いわゆる金融再生プログラムですね。

銀行が投資・融資をするときに、「失敗すること」を前提として、その時にどのように対処すればよいかを仮想演習しているべき必要があります。どちらかというと、「失敗すること」を前提として、貸さないという判断をしているのではないかと思ってしまうくらいです。失敗をしたときに、もっと早く正しい認識を自覚して、もっと迅速に正しい対応ができたに違いありません。不良債権を抱えた時点で、それを真正面から向き合っていれば、対応はとれたはずです。そうすれば被害は最小限で済んだでしょう。それを、「こんなことが起こるとは考えてもいなかった」という始末。さらには「政策が悪い」と逃げます。そもそも優秀な人たちがいっている会社なんですから、なんでそんな何も考えていないことになるのかがよくわかりません。日本の優秀な人たちは考えない人なんでしょうか。まだ、ロダンの考える人の方が、存在意義があるというものです。何も考えない頭のいい人よりは、考えている姿かたちをしている彫刻の方が。

もちろん、政策にも問題があったことは確かでしょう。要するに、日本人は常にだれかの責任にして、それから逃れているだけです。銀行もしかり、それから借り入れをして不動産に突っ込んでしまった経営者もしかり、行政もしかりですね。自分たちのどういう行動が失敗を引き起こしたのかを冷静に見つめなおし、そこから学んで、自分たちがすべきことを実行していこうとしない限り、失敗は克服できません。何が起こっても、先ずは自分に責任があったのではないかと考えることが先決です。

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